ともびより(知日和)

ともBのつぶやき

嫉妬とか妬み

ちょいと忙しく書く暇もなかったけど、
時間がある時は出来るだけ何か書きたいものです^^;

 

 

嫉まれて殺されたって過去があったとして

 

妬まれる事は仕方ないと受け入れる事も出来る
何をしても妬むのは相手の問題とも言える
妬まれるのは仕方ないとした場合、なんで殺されるまでいかないといけなかったのか?

確かに世の中妬まれやすい人がいるのも事実。

 

人気者だったり、人から愛されたり、お金持ちだったり、
でもこの妬まれて殺されたってのは

 

明るく、人気者でみんなが一緒にいて楽しくなるような人。

 

見る人から見たら楽しくない。
僕も、そんなタイプじゃないし、逆にそういう人に憧れる人だった。
僕ほどそういう人と乖離しているなら、妬みというより憧れですむ。

 

でも、もし自分も人気者だったのに、そいつが現れた事で自分の人気が奪われて、新しく現れた人に何もかも奪われたような気がしてたらどうだろう?

 

本当楽しくない。
あいつさえ居なければ

って考えになってもおかしくない。
度を越してしまうと殺してしまいたいと思うかもしれない。

 

 

妬んで殺してしまった人のその後の後悔ってのは我に帰って抱くものは大きいものだと想像がつくのだけども、
妬まれて殺された方の学びとは何なのだろうか?

 

出る杭は打たれる
有名になる目立つって事はリスクも伴う
芸能人とか政治家が自分の身をしっかり守るってのは普通の事だと言える

殺す人は意外に結構近しい人が多い。って事は、その人の気持が全く理解出来てなかった。
殺される状況に追い込まれて初めて妬まれてる事に気付く。


いくら信用出来る仲間であっても、信用するのと備えておくのは別の問題。
この世は善人ばかりってのが私の作る世界って言って、家に鍵かけないとか、お金とか財布を管理しないのはただのお花畑。リアルに問題が生じます。

 

信じる事も大事だけど、同時に警戒することも怠ってはいけない。

どんなに良いことをしようと何をしようと絶対に反感する人は生まれるのが一つの仕組み

 

自分自身も妬みと嫉妬に溢れた人間である

 

 

これすら自分原因説で自分の中のこんな思いがこんな現実を作り出したって紐解けるのだろうけどね
まあ、今の僕は、起きた出来事から学んで過去の解釈を変える。
それをひたすらやるしかないからな・・・