ともびより(知日和)

ともBのつぶやき

勉強が出来る姪っ子

なんか中学校2年の姪っ子が凄く勉強が出来るらしい しかも、いつ勉強してるのか?わからないほど大して勉強してないのに、テストで良い点取るって話し。

 

単純に

勉強せずにテストで良い点取れるなんて羨ましい

って感じるわけです。 僕も努力してそれなりの点取ってたからね。 勉強に時間かけずに良い点取れるなんて羨ましいって思うわけです。 今、将棋で有名な藤井4段なんて、一瞬で覚えたり特異な脳をお持ちなようです。

 

うん、羨ましい。 そんな能力があったらあれやこれや・・・ってとても便利な気もする。 つまりは、自分にそんな能力がないからって話しだよね。

でも姪っ子の話に戻るけど、 そういう能力持ってる反面

努力することが嫌い 苦行とかも嫌い

ってのがあるわけね。 僕みたいに、コツコツ積み上げて結果出したり、修行大好きだったりする能力を持ち合わせてはいないのね。

結局、みんな何処かの能力は優れていて、何処かの能力は欠けている。 それでバランスを取れているんだと思うわけです。

性格だって、長所も見方変えれば短所だしね。短所も見方変えたら長所だしってね。

なかなか自分が持ってる能力の素晴らしさってわかりにくいもの。 でも現代の社会では、特に学生時代は

勉強が出来る

って能力は結果が目に見えるし、それで進路さえ決まる。 恐るべき程重要視されている能力だから、みんなが欲しがるだけだって思ってる。

 

でも、社会に出て本当勉強って役に立たないってよくわかる。 専門分野の仕事の人は違うけどね。

 

逆に苦労せずに勉強が出来るって人は、

人付き合いが上手い人

ってのが羨ましく思う人が多いのではないだろうか? そんな気がするよね?

 

結局いくら自分に自信があって、自分の能力を認めていたとしても、 やっぱり自分が持ってない能力を持っている人を目の当たりにすると

憧れてしまう 自分もその能力持ちたい

って思ってしまうものなんだと思う。 それを求めて苦しむかもしれない。 それでやっぱり自分にはそれは無くて良いと思うかもしれない。 でも、その経験もやっぱり必要なわけで・・・・

本当人間って常に成長させられような作りになってるんじゃないなか? ってね。

いつまで経ってもこれで良いってのは無い

一旦、これで良いって区切りをつけるかもしれないけど。 やっぱりあれ?

ってなってしまうもんだよね。 常に成長を望み続ける

それも神の意志なのかねぇ