ともびより(知日和)

ともBのつぶやき

雨って嫌いだけど必要じゃん

やっと梅雨らしい天気になってきた。 空梅雨とか言ってなかなか雨がふらなかったけど、やっとこさ雨がまとまって降ってくれた。

昔から基本雨の日は嫌いだね。 ジメジメして嫌な時期である。

でも農家で育ってるから、この時期に雨が降る大切さをみにしてみて知っている。 米を作るのに一番大事なのは水だったりする。 そういう意味でも日本に梅雨があるのも美味しい米を作るのに適している気候なのかもしれない。 実際、何度か雨が降らない梅雨で、溜池の水も枯れ上がって大変だったこともある。

そもそも米以前に、全然雨が降らずに、水道も給水制限が出たりって事もあったりした。 雨が嫌いでも、雨が降ってくれないと本当に困るのだ。 だから、嫌いだけど降って欲しいし、雨の恵みに本当に感謝している。

農家で育ってるから、そういう捉え方が出来るだけで、

雨を見る目って本当に違う。

たぶん、農業とか雨の恩恵がわからず育ってる人には無い視点だろうね。 ってまあ、色々調べれば知識では知ってるかもしれないけど、実感なかったりするだろうしね。

だからそれが良いとか悪いとかって話でもなく、 ただ、自分の生きてきた環境、見ている世界、教わった知識、すべてが自分の見え方を作ってるって改めて思い直しただけ。

だから、都会人は・・・・とか田舎者は・・・・っていがみ合う事自体不毛なんだよね。 なるほど!そういう考え方がある。見方があるって理解し合えればそれだけ素敵な事はないのにねー。

で、雨の話に戻って、

なんか傘もささずに濡れながら外を歩くとかってのが好きでね

まあ、変だよね。 自分で自分を変って言ったらおかしいか。

どうしてそんなのが好きなのか? って考えたら

雨で濡れる事でなんか洗い流される感じがする →シャワーで良いじゃん

って突っ込みたいのだけど、雨じゃないと駄目らしい シャワーって人工的でしょ?雨は自然の恵みでしょ? って屁理屈をこねるわけですね。

学生時代、大雨の中傘さして歩いてたら、車から誰かが、

こんな雨の中大変でしょ?家まで送るよ

って声掛けてくれた。 まあ、当時の僕は当然の事の如くお断りするわけです。

あ、家すぐそこなんで

ってね。そこから歩いて30分かかるのにね(笑) 別に大雨で傘さして歩いてもびしょびしょだっただけど、嫌じゃなかった。 なんか楽しかった。

そうだね。大雨の後とかで川が大変な事になるぐらい水が増水してる、あの景色が好きなんだな。 なんかすべて流してくれる感じがする。

僕なぜか昔から一つの考えがあって、 何かを変えるなら、一旦すべて壊さないって駄目って思ってる。 確かに変えれるけど、その労力考えたら、壊した方が早いって。

そんな事を書いてたら、大洪水で街が流れさってしまう光景を見ている姿が浮かんだりする。 それを見て喜んでる。これでやっと変わる ってね。

腐ったものは捨てなければならない。 そんな思いから、人工的に洪水も引き起こしたのかね?

まあ、結局その後は思った通りには上手くいかなくて、完全キレイな物を創造しようとしても無理だったってこと。 理想を掲げて綺麗な事を言い続けて自分が正しいと思うことをしてきたはずなのに、最後は自分が不要な人と扱われれて、惨めに死んでしまう。

そんな事しても無駄だって事じゃなくて、まず自分自身の中を洗い流さないとねー^^;

またすっかり忘れてた。 僕って本当に熱い男だったってことをね。 松岡修造に負けない並の熱いやつだったわ。

ってまた意味がわからないことを徒然と書いております。