ともびより(知日和)

ともBのつぶやき

作法の事もやったのだけど、 やはりキレイな人は綺麗だ。

それはただ単に姿が美しいだけでは無い。 姿勢が綺麗で美しい。 それも大事だけど、それ以上に大事な物がある。 それが間。

こういう世界は本当難しい。 流れがあって、その流れを止めないようにしないといけない。 お祭りも一つ一つの、行事があって、 その区切りで綺麗に間をあけないといけない。 作法も同じで、一つ一つの動作の連続であるが、一瞬の間をおけるかどうかで美しさが全く変わってしまう。

ってまあ僕だけがわかれば良いのに好きに書かせてもらうけども。

同じ受講者の中でも結構そういう事気を付けられて、なかなか良いなって思ってた人は後で言っていた。 0.5秒の間をおくことが大事だと先生に言われた

ってね。自分もまだ未熟でその間が早かったり遅かったりする。

こういう事に気をつけて動いてるから美しく見えるんだなってよくよくわかった。 気をつけているレベルが違うんだよね。 その先生も0.5秒ってのもわかりやすく説明する為の方便であって、性格に0.5秒ってわけじゃないと思う。

僕がずっとやってきたのが身体感覚を取り戻すと言えば良いのかな?それにまあ途方もない時間を使っています。 その身体感覚に戻す間とも言えると思うんだわ。 この身体感覚を掴んで意識したら、途端に芯が通って美しく見えるんだわ。 まあ、僕も自在に使えるわけじゃない。やっとこさその感覚がわかり初めたばかり。 でも、これ使えるようになると超楽しい。

で、これが間とかそういうものにもすべて繋がってると思う。 書道も茶道も神道も武道もすべて身体感覚のなせる技なんだよね。 もちろん精神面も大事 でも身体も大事 どっちがどっちって話じゃない。 両方あってやっと成り立つものなんだとつくづく思う。

だから簡単じゃない。 もっとこの世界の深い部分にアプローチして何かつかめればと思うのだけど、まあ難しいわ。 でも、身体感覚掴んで見える世界が変わったのも事実だし。 神道の作法をそんな目で見たことすらなかったからね。 形だけじゃない。 そこに魂が宿るっていったら綺麗に聞こえるのか?神が宿るっていったら大きすぎるか? まあイイや。 そういう世界なんだよ。

だから作法も形だけじゃなく、意味も理解しないといけない。 どうしてこの作法なのか?すべてに意味があったりする。 間違って伝えられてるものもあるかもしれない。 でも、わかんないなら素直に従ってみれば良いだけ。 そして、そこの視点に立てるようになってから、これは間違ってるかもしれないって言えば良いしね。

まあ今日もこんなウダウダですわ。 まだ疲れ取れんわ^^;