ともびより(知日和)

ともBのつぶやき

運動音痴

色々書いてたら当初思ったものと違うものになった 1人になるのが寂しかった

 

ずっと忘れてたこと 小学校入る前とか後とかそんな時の記憶だな

祖父母も同居だったので、大家族。 祖母も働いていなかったので、常に家には誰かがいる状態だった。 それが当たり前。

まあ、父も母も仕事で夕方までは家にいなかったのだけど、祖父母は一緒だった。 保育所とかも祖母が迎えにきてくれていた(忘れてたけど)

今思えば、祖母が迎えに来てくれて一緒に1キロぐらいの道のりを歩いて帰るのが楽しかった。 保育所行くのも本当に嫌いだった。

あれ?なんで嫌いだったんだろう? 4歳から行ったはずだけど、なんで???

やっぱり友達が出来なかったからっぽいね。 保育所行ってもみんなに交じることも出来なかったので、寂しかったんだろうね。 また運動音痴だから、そういった遊びしたくないしね。

だから数少ない運動音痴な友達と地味な遊びをしてたね。砂遊びとか、探検とか・・・・。 やっぱり運動音痴な記憶の傷つきようは半端ないね。 本当に嫌だったし苦痛だったんだな

やっぱり遊びとかでも勝負とかになってきたら、自分がいることで負けるってなると本当にイヤなんだよね。勝ち負けに拘るぐらい真剣になればなるほど、息苦しくなってたよね。

お願いだからボール僕の所に来ないで!!

これが試合中の一番の願い。 もうね、勝って試合が続くなら、負けてほしいの。もう試合出たくないから。 ごめんね、勝っても僕全然喜んでなかったよ。 苦痛でしかなかったもん。

なんで試合出ないって選択肢無かったの? 全員が試合出ないといけないっておかしくない?? 一種の拷問みたいなものだったよ。

運動で変な動きしたら笑われるしね。 まあ、勉強でも変な回答なんてしたら笑われるのと一緒かね こうやって運動に関しては被害者意識がスッゴイ出て来る

これも僕が創造してたんだろうね。 今は違うけど、昔の僕なら例えば運動じゃないにしても仕事でも何でも出来ない人がいたとする。

出来ない人をどう扱うか??

邪魔者として扱う これが僕だったよね。仕事とかしてたら顕著にそれだった。 一応教えるけど、本気で教えたりしないんだよね。あいつ教えても駄目だからって邪険に扱う そんな人間だった。

だから、僕が運動できない駄目人間だったら、逆バージョンでみんなにそんな扱いされるようにさせていたんだろうと思う。

 

僕の場合、いたら邪魔だから自分なんていない方が良いって思ってた。 こんな事ばっかり思ってたから死にたくなるんだよな

そうね、常に人の邪魔になってしまう自分っていうのがいたわけだね。

何の役にも立たない、むしろ邪魔になってしまう自分

こう思い込んでる自分を愛せるかどうか? 自分が出来ない姿を見せることでみんなに力を与えていた 自分が足を引っ張ったから良い接戦になってむしろ盛り上がっていた 実際僕がいなかったらいなかったで詰まらない人もいた 言うほどみんな僕をそんなに邪険に扱ってはいなかった そこまで勝敗にも拘っていなかった みんなただ楽しみたかっただけだった そうやって辛く扱われると思い込んで喜んでるどMな自分もいた でも、やっぱり思った以上に辛かった もっと運動神経悪さもアピールしてやりたくないって声あげても良かった そしたら、誰かが楽しいものだよ!って教えてくれてたかもしれない 端から楽しくないって近づきもしなかった みんなが楽しいけど僕は楽しくない? もしかしたら楽しみ方を知らなかっただけだった。教えてくれる人がいなかったし教えてもらおうともしなかった。

 

運動神経良い人凄い憧れてたけど、今はどう?

別に、僕のままで良い