ともびより(知日和)

ともBのつぶやき

振り返る3

続き

いつも凄いなって思う人がいた。憧れる人がいた。

その人に結構べったりついてた感じだった。はじめは力量の差もあったから、何ともなかったけど、それなに僕も力を付けてきて、差が縮まってきたら、その人が離れ始めた。近寄ることを避け始めた。仲悪くなったわけじゃないけど、感情をそのままぶつけて来たりもした。

今なら逆の立場で考えてもわかる。自分より下だと思った人が自分に追いついてきた。もしかしたらすでに抜かれてるかも?って思った時に、それよりお前の方が上だからって持ち上げられて嬉しい?むしろイヤ。お前もお前でさっさと前に立て!って言うだろうね。抜かれる恐怖とかじゃなしに、そっちの視点で見てくれてたような気がする。

昔は、本当人前に出るの嫌いだったからね。エースなんて言われて、そんな事ないって全否定してたけど、今なら、謙虚な姿勢も見せるけど、それを受け入れられる。

 

中学校時代。社会の先生が親戚の人でね。本当にイヤだった。学年ぐらい変えるぐらいの配慮しろよ!って思ったよ。別に甘くしてくれてたわけじゃないだろうけど、僕からしたらちょっと甘くしてただろ?って思った。普通に叱って、普通に殴ってもらって良かったよ。そっちの方が楽だった。一応やることはやってたから、そこまで怒る必要もなかったんだろうけどね。そして、みんな親戚って知ってたから、きっとみんなこう思ってんじゃないかな?とか色々考えたりもしたよ。

今なら全部逆の立場でわかる。みんな大してそんな事思ってないし、別に親戚の子供を教えるっても特別扱いなんてしない。僕の単なる思い込みでしたね。

 

 

高校でもやっぱり友達は少なくてね。いないわけじゃないけどね。小じんまりしてたな。また中学とは全く違う空気に馴染むの大変だったって別に馴染んでないか。

一応クラブもやってたけど、真剣に練習するところじゃなかったし、ぶーらぶーらしてた。帰りに友達とゲーセン寄ったり、やっぱりゲーム大好きだった。高校なってやっとスーファミ買ってもらえたからやりまくってた。

今思い出しても、いつも寂しいってのしか出てこないな。寂しいから寂しさを埋め合わせる為になんか必死に頑張ってたんだろうね。この頃からな?なんで生きてるんだろう?死んだ方が楽じゃない?とか、生きる意味を考えだした。

自己啓発の本とかに手出したり、気功の本とかも買ったりした。まだ当時は田舎にはスピリチュアルな本なんて売ってる書店もなかったしね。でも、手出してた時点で入り口には入ってたんだろうね。

 

特にデカく傷つくこともなく、かといって楽しい事も無いってのが高校時代かもしれない。